何度でもあなたをつかまえる
あまりかっこいいプロポーズではなかった。

でも、りう子の心の琴線に触れた……。



さきほど、りう子はけんもほろろに雅人を追い出してしまった。

でも、独りになって冷静になると……りう子は、ようやく事の重大さに気づいた。

売り出し中の商品に手を出したことも問題だが、突然シングルマザーになると宣言したら、両親は……親戚は、どう非難するのだろうか。

かと言って、親に内緒で出産して、東京で独りで子育てしながら仕事を継続するのは現実的ではない。

心細さと不安で押し流されそうになっても……お腹に子供がいると思うと、アルコールに逃げるわけにもいかない。

りう子は、自分のお腹を抱えるようにうずくまって、泣きじゃくった。



……そんな時に、雅人が戻って来てプロポーズした。

ご丁寧に、婚姻届と印鑑を準備して。


「明日、一緒に提出しに行こう。あ。午後から写真館予約したから。……今は貸衣装で写真撮るぐらいしかできないけど……子供が生まれるまでにIDEAを軌道に乗せよう。盛大に子連れ披露宴できるように。」


雅人の言葉には、何の計画性もなかった。

ただの夢物語でしかない。

なのに、りう子は泣いてしまった……。


独りじゃない……。

それだけで、いい。

ただ、一緒にいてくれたら、……私は、また強くなれる……。

そんな気がした。



りう子は、泣きながら微笑んで、うなずいた。

「……ありがとう。尾崎。」

雅人は、苦笑いした。

「礼言われることじゃないっしょ。姓はどうする?俺、尾崎にこだわりないから、滝沢でもいいよ?」
りう子は、しばし考えてから、うなずいた。

「そうね。じゃあ、滝沢でいい?」


雅人が実家や両親に対して複雑な想いを抱いていることを、りう子は知っている。

性格上、積極的に親と決別する気はないものの、自分からは決して関わろうともしていないことも。

……もちろん、りう子自身の計算もある。

尾崎が、この先ずっとりう子以外の女に手を出さないとか、あり得ない。

結婚してもこれまでと何ら変わりなく、好き勝手に生きるのだろう。

そんな尾崎に愛想を尽かす日が来た時のために……りう子自身は、なるべく変わらないほうがいい。

そんなりう子の計算を、雅人も承知で同意した。
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