何度でもあなたをつかまえる
入籍した翌週、写真館から届いたデータを使って葉書を作って、実家に発送した。

翌日かかってきた電話で、雅人は母親に挨拶に行くと約束した。


でも、……行けなかった。




予定していた日の前夜、りう子は出血した。

流産を疑うほどの血量ではなかったけれど、不正出血に不安を感じた。

すぐに雅人が病院へ連れて行ってくれた。


その時、医師に指摘されて、初めて知った。

りう子は、妊娠してなかった……。

この出血は、単に止まっていた生理が来ただけ、らしい。

むしろ、胃潰瘍じゃないかと診察されて、帰された。



……茫然自失。

りう子も……雅人も……言葉も出なかった……。

妊娠してなくてよかった、なんて、口が裂けても言える状況じゃない。



家に辿り着く頃、やっと雅人が言った。

「とりあえず、明日、胃の検診行こう。痛みがないうちに治してしまおう。」

りう子は、黙ってうなずいた。

うつむいた拍子に、両目からどっと涙が溢れた。


言葉は出てこない。

望んだ妊娠じゃなかったけれど……覚悟を決めてからは、むしろ我が子の誕生を楽しみにすら感じていた。

結婚にまつわる諸手続はめんどくさくて放置していたけれど、雅人の存在は嫌じゃなかった。

むしろ、りう子の身体を気遣って、世話を焼いてくれるのが、うれしかった……。


「ごめん……。」

りう子の絞り出すような謝罪の言葉に、雅人は首を横に振った。

「いや。俺のほうこそ、ごめん……。何かさ、今さらだけど……俺、子供が生まれるの、けっこう楽しみにしてたみたい。……ちょっと……ショックが大きくて……今は、うまく言えないんだけど……」


本当に、今さらだ。

でも、尾崎らしい……と、りう子は妙に納得していた。

どんな状況でも、何らかの楽しみを見出して、ご機嫌でいられる……そういう男だ。

……まあ、既に結婚してることだし、子供が欲しければ、これから作ればいい……。

2人がお互いに好き合っていれば、それが一番建設的だっただろう。

でも、りう子も、雅人も……人間としての信頼関係は構築しているものの……互いに恋はしていない。


子作りにチャレンジするどころか、婚姻関係の継続すら、不毛だった。
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