何度でもあなたをつかまえる
「白紙に戻そう。」

りう子の目にも、声にも、迷いはなかった。

ますます、雅人の心がモヤモヤした。


雅人は、ビールを飲み干すと、缶を握りつぶした。

「……滝沢さんてさ……ほんっきで、俺と、家庭作る気、あったの?……何なの?さっきの、『次』って。……一応、俺、夫だよね?普通はさ、夫が勝手に外泊したら、問い詰めない?……何で、いつまでも、野放しなの?」


りう子には、雅人が何を言ってるのか、よくわからなかった。

……はあ?

「え?逆キレ?……盗人猛々しい?……だって、尾崎だって、私のこと、好きじゃないし……」

りう子の言葉に、雅人はますます苛立った。

「お互い様だろ。滝沢さんだって、俺のこと、ちっとも好きじゃないじゃん。」


ますます訳がわからない。

けど、雅人の苛立ちはりう子にも伝染した。

「はあっ!?何、怒ってるんか、意味わからへんわ!……もう、いいじゃない。お互い好きじゃなかった。関係したのも、結婚したのも間違いだった。……元に戻りましょう。他人に。タレントと事務所のサブマネージャー。」

口で言うのは簡単だ。

けど、本当に、かつての関係に戻れるのだろうか。



りう子は、すっくと立ち上がって、キョロキョロと部屋の中を見渡した。

ウロウロとバスルームやキッチンにも回ってから戻ってきて、不思議そうにりう子を見ている雅人に苦笑した。

「何もないわ。尾崎と私が結婚してた痕跡。……返すものも、捨てるものもない。パソコンの中の貸衣装の写真と葉書のデータぐらい?」

それを聞いて、雅人は顔をしかめた。

「……考えてみれば、指輪も買ってなかった……か。何か……俺、酷いな。……ごめん。」

「別に。どうせ着けないし。」

そう言ってから、りう子は、はたと気づいた。

「忘れてた!もう1つあったわ。……尾崎さぁ、オモチャみたいな小さい鍵、落としてない?」

「え?」

雅人のキョトンとした顔を見て、りう子は首を傾げた。

「違った?……じゃあ、茂木か一条?……でも、ベッドと壁の間に落ちてたんよ。……該当者は……尾崎だけなんやけど……。」

りう子はそう言って、ベッドのヘッドボードの引き出しから、小さな鍵を取り出した。

鈍いくすんだ黄銅色の鍵。
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