何度でもあなたをつかまえる
「最後に……いい思い出作ろっか。」

低いイイ声でそう囁かれて……りう子は拒絶できなかった。

「……明日は、他人に……戻ろうね?」

やっとそれだけ言うと、雅人の力強い腕に、そっと身を委ねた。


雅人は、サービスとばかりに、りう子を抱き上げてベッドにそっと横たわらせた。

恥ずかしそうなりう子の為に、灯りを絞る。

離婚を決めたのに、まるで甘い初夜のようだ。

りう子と雅人は、お互いに妙に新鮮な気持ちで抱き合った。

後悔はなかった。

……いや……ない……はずだった……。




真夜中、りう子は雅人の寝言で目を覚ました。

確かに聞こえた。

女の名前を呼んでいた。

「尾崎?」

小声で呼んでみたけれど、雅人は目を覚まさなかった。


でも、しばらくすると、もう一度呟いた。

今度はハッキリと聞き取れた。


……かおり、と。


ハハ……と、乾いた笑いが、りう子の口から勝手に出て来た。

さすがだわ……。

わけわかんないわ、尾崎のあほう。

離婚したいって言いに来て、あんなにも優しく抱くとか……矛盾してるわ。

しかも、腕枕しながら、別の女の名前を呼ぶって。

もう……ほんっきで、最低男だわ。

こんな奴、好きにならなくて、よかった。


……私、ちゃんと、普通の男の人と出会って、恋愛しよう。

勘違いした業界人じゃなくて、地に足着けて、汗水垂らして働いてる人がいい。

尾崎みたいに、綺麗な顔も、綺麗な指も、綺麗な声もいらない。

不細工で武骨な無頼漢がいい。

……ん?

無頼漢は、無職のヤクザな男か。

それは困るな。


夜中にそんなことを考えて、りう子は罪のない雅人の寝顔を軽く小突いた。

一瞬、眉間に皺が寄ったが、……雅人は目を覚まさなかった。

りう子は安心して、かすれた声でつぶやいた。

「バイバイ。」

わずかな期間だけど夫だった男に、りう子は別れを告げた。



雅人が目覚めたのは、翌早朝。

鳥の鳴き声の不協和音が、気になって起きてしまった。

腕の中で、寝息をたてているのは……そうだ……また、ヤッちまったよ!

せっかく、前夜、かほりと極上の夜を過ごしたのに、何でややこしいことになっちゃったんだっけ?
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