何度でもあなたをつかまえる
りう子の胸がドキッと跳ね上がった。


私と、尾崎の件を知ってる!?

え!?

何者!?


「えーとぉ……マスコミのかた……じゃないわよね……どう見ても……。」

こんな時なのに、かほりはちょっと笑ってしまった。

「はい。違います。……もっとも、今の尾崎は犯罪を犯さない限り記事にならないでしょうが。」

一発屋にもなれずにテレビから消えたバンドなんて、話題性ゼロだ。


りう子は、物怖じしない、媚びへつらわない、しかも冷静な物言いのかほり自身に興味を抱いた。

芸能人の追っかけをするようには見えない。

尾崎とどういう関係だと言うのか。


「……とりあえず、どうぞ。部屋、狭いし、綺麗でもないけど。お茶……あったかな。」

ビールは常備していても、お茶を家で沸かすことはない。

コーヒーや紅茶にもこだわりがないので、たぶん貰い物があっても、賞味期限切れだろう。


あ。

そうだ。

確か、実家から送ってきたお抹茶……あれは、開封せず冷凍庫に放り込んだから、賞味期限が切れてても飲めるんじゃないかしら?


……あれ?

茶筅、あったっけ?



ロックを開けて、夕べの行為の跡が生々しく残るベッドをベッドスプレッドで覆い隠して、テーブルの上を片づけていると、ドアがノックされた。

「はぁい。どうぞー。」

まるで友人を迎えるような口振りに、かほりは笑顔になった。

「ありがとうございます。お邪魔いたします。……あの、これ……召し上がってください。」

かほりは白い紙袋から、ピンク色のリボンのかかった白い箱を取り出して、りう子に手渡した。

「あらぁ。お気遣いありがとうございます。」

りう子は受け取った箱をしげしげと眺めた。

お店の名前が入っていない。

……まさか……手作り?


「アップルパイです。私ではなく、家の者が焼きましたので、味は折り紙付きですわ。」

かほりはそう言って、恥ずかしそうに付け加えた。

「恥ずかしながら、私はお料理をほとんどしたことがありませんの。……留学中、自炊に挑戦するはずでしたが……結局、同居人に甘えてしまって。」

……留学してたんだ。

「語学留学ですか?」

りう子の問いに、かほりはゆっくりと首を横にふった。
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