何度でもあなたをつかまえる
「いえ。音楽を……チェンバロを学びに、ケルンへ参りました。2年間の予定でしたが、帰国してしまいました。……あなたさまと尾崎の関係を解消していただきたい一心で、参りました。……どうか……。」

かほりの言葉の端々から、りう子とは別世界のお嬢さまだということが感じられる。

なのに、突然出てきた尾崎の名前に、りう子は現実に引き戻された気がした。


……ていうか……このお嬢さまと尾崎って……どういう関係?


ポカーンと自分を見ているりう子に、かほりは改めて言った。

「突然、差し出がましいことを、申し訳ありません。……私は、滝沢さまと雅人の……尾崎とのおつきあいを存じ上げておりませんので、見当違いなことを申し上げるかもしれませんが……既に後悔されてませんか?」


りう子は、鼻で笑ってしまった。

見かけによらず、ぐいぐい来るこのお嬢さまは、たぶん必死なのだろう。

それはわかるけれど……もうちょっと言い方があるだろう。

搦(から)め手での交渉をする気はない、ということか。

当たって砕けろ?

……不器用な人ねえ。


「後悔しかないわ。ヒトとしては優しいイイ男だけど、男としては、だらしなくって、無責任で……そんなこと、最初からわかってたのにね。……独りで子供を産んで育てるってことに耐えられなかったんでしょうね。」


りう子の言葉を、かほりは複雑な想いで聞いていた。

妊娠……やっぱり、妊娠してるの?

できちゃった婚ってこと?


……かほりは、雅人から何も聞かなかった。

帰宅した後も、家族団欒……のはずが、兄夫婦が妙にギスギスしていることが気になって……やっと2人きりになった父に、雅人の話ではなく、兄夫婦の仲を尋ねてしまった。

父は、まだ話す段階ではない、としか言ってくれなかったけれど。

何だか居心地が悪くて、結局、雅人のことも何も聞けなかった……。



だから、最悪の状況を覚悟してきた。

……いや。

雅人の愛情が、以前と変わらずにかほりに向いていることがわかった今、かほりにとって最悪の状況は脱した。

妊娠は想定内だ。

かほりはりう子をじっと見つめて、勇気を振り絞って言った。
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