何度でもあなたをつかまえる
3人とも一生懸命だったが、適材適所を欠いた人事がうまくいくはずがない。

せっかくの実力派バンドは、何もかもが中途半端で下手くそなアイドルとして世に認知されてしまった。



……どこへ向かう気なのかしら……。

もはや、先の見えないIDEA(イデア)の未来に、かほりは、ただ、早めの挫折と終焉を待っていた。





「まあ、そう悲観的にならずとも。……何事も経験ですよ。彼らは実に素晴らしい青年たちだ。苦労がさらに成長させることでしょう。」

2曲めも売れる気配が見えないIDEAを、事務所は持て余しているのかもしれない。

彼らは、同じ事務所のアイドルや演歌歌手のバックバンドとして便利使いされ始めた。


「でも、屈辱ですわ。コラボやユニットではなく、ただのバックバンドですのよ。」


かほりの憤懣をいつもニコニコ聞いてくれたのは、山賀己一。

私大で哲学を教える立派な教授だが、むしろ古楽マニアとして有名な人物だ。



まだ中学生の頃、雅人は自分でクラヴィコードを作るために古楽器制作グループに連絡を取り、アトリエに通った。

そこで、いつのまにか山賀教授と親しくなり、教授の自宅や趣味のスタジオにも出入りするようになった。

今では、教授の所有する学生マンションに住み着いて、家族のように行き来している。


教授もまた、趣味で作る楽器を、鮮やかに演奏してみせる雅人を孫のように可愛がった。


必然的に、かほりも教授と交流することになったが、こんなにも打ち解けたのは雅人の留守が続くようになってからのこと。

まるでカウンセラーのように穏やかな山賀教授は、荒れがちなかほりの心を鎮め、癒やし、励ましてくれた。

「でも、とても楽しそうですよ。尾崎くんは、ダンスより楽器を奏でるほうが性に合ってると、身にしみてよくわかったようですね。遠回りのようですが、尾崎くんが音楽を趣味で終わらせず生業(なりわい)と決心するために、必要な過程だったのかもしれません。」

自分で入れたこだわりのコーヒーを満足げに飲み干してから、教授は笑顔を浮かべて言った。

「橘さんも、環境を変えて、チェンバロに本腰を入れてみてはいかがですか?……このまま尾崎くんの伴奏と番人で終わるのは惜しいですよ。」
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