何度でもあなたをつかまえる
かほりもまた、りう子との思わぬ共通点を知って、自然とほほ笑んだ。

「素敵ですね。りう子さん。……私は、そんな風に考えもしませんでした。」

確かにカトリックの敬虔さと荘厳さを愛してはいたものの、洗礼を受けるなんて想像もしなかった。

かほりにとって宗教は、祖先のお墓を守り、供養することでしかなく、自身の心のより所とまで思ったことがなかった。


「やー、その場のノリ?……そっかあ。あ。これ、食べようか?お持たせで悪いけど。どうせ、ココにあっても、あいつらに平らげられるだけだし。……アップルパイと……ビール……ってわけにはいかないよね?うーん。」

冷蔵庫を覗いて困っているりう子に、かほりは言った。

「いえ。ビールでけっこうですわ。……ドイツでは水を買うよりビールを買うほうが安いので……もう、すっかり慣れました。同居人は、料理も、お菓子も、水じゃなくてビールで作るんですよ。」

「ドイツ……。ああ、じゃあ……去年、尾崎は、かおりちゃんに逢いに行ったんだ。……急に、別人みたいにやる気になって……。そっか。かおりちゃんが……焚き付けてくれたんだ。」

りう子は、しみじみそう言った。

なるほどなあ。

芸能人レベルのめっちゃ美人というわけではないけれど、上品な顔立ちのいかにも!なお嬢さまで、性格もまっすぐ。

……尾崎は、こーゆー隠し玉を持ってたのか。

てか、それなら、取り返しつかなくなるような遊びはやめろって。

今回はたまたま出来てなかったからよかったものの、本当に妊娠してたら……尾崎と私だけじゃなく、このお嬢さままで不幸になるところだったじゃないか。

……ったく、もう。


「はい、かんぱーい。」

「え……あ、はい。」

りう子に釣られて缶を上げたかほりは、何に乾杯するのか、よくわからないまま、缶に口を付けた。

キンキンに冷えていて、せっかくのビールの味がよくわからないけど……日本では、のど越しを楽しむものなのかな。

かほりの白いのどを見て、りう子は、ただただ苦笑しかでなかった。

夕べの尾崎を思い出してしまって。

……いかんいかん。


雑念を振り払って、りう子はペンをとった。

離婚届に記入して、捺印する。

これで、終わり。

にっこりと笑顔で手渡すと、受け取ったかほりのほうが泣いてしまった。
< 90 / 234 >

この作品をシェア

pagetop