何度でもあなたをつかまえる
じんわりと身体の奥に熱を受け止めて、かほりはようやく……涙をにじませた。

「……もう……やだ……。」

かほりは子供のようにそう嘆いて、雅人にしがみついた。

「かほり?……え?……どこか、痛かった?……嫌だった?」

「他の女(ひと)に……しないで……。」

絞り出すような声だった。

雅人の浮気を黙認してきたかほりの、嘘偽りない本音だ。


さすがに、雅人の中に罪悪感が広がった。

「……うん。……ごめん。もう……しない……。……気をつける……。」

雅人はそう言って、かほりをぎゅーっと抱きしめた。


誠意がないとは思わない。

本気でそう思ってくれていることも、わかる。

でも、この約束がどれだけ意味のない虚しいものかといことも、かほりにはよくよくわかっていた。




かほりの酔いが醒めるのを待って、懐かしい山賀教授を訪ねた。

居合わせた教授の姪のさとりが、かほりの持参したアップルパイに合せて紅茶を入れた。

一条と茂木も呼び寄せて、ちょっとしたティーパーティーの様相だ。

もちろんこれまでにも何度も顔を合せているが、かほりは浮世離れしたお嬢さまと認知されているので、腫れ物に触るように丁重に扱われる。

……もっとも、かほりの留守中の雅人の行状が目に余るので、メンバーはかほりに気遣って多くを語らないのも一因だろう。


「え~、またドイツ帰っちゃうんですか?」

空気の読めないさとりの質問に、雅人は表情を消し、かほりは……逡巡した。

「あとどれぐらいの予定なんすか?」

茂木は、かほりに対してはいつも妙な敬語になる。

同い年なのだから、普通でいいのに……と、かほりは、いつも苦笑してしまう。

「半季。です。実際に講義があるのは4月から6月いっぱいだけですが。」

実質3ヵ月間だけ。

それだけ我慢すれば、卒業できる……。

今、辞めてしまうのは、もったいない。


頭ではわかってるのだが……雅人のそばにいたい……。


「あ。3ヶ月だけなんだ。よかったな。尾崎。」

茂木にそうからかわれ、雅人はふてくされたようにそっぽを向いた。

いたたまれず、かほりはうつむいた。


「……てか、3ヶ月ぐらいならさ、尾崎も行ってくれば?短期留学。……また、新しい楽器と楽譜探してくればいいんじゃない?」
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