何度でもあなたをつかまえる
まっすぐな愛情を無理に歪めているかほりと、まったく変化のなさそうな雅人。

……いや。

むしろ雅人の、何があっても飄々としていられる強さは、あらゆる変化に対応しているゆえなのかもしれない。

いずれにせよ、2人はお互いを愛し慈しみ求めていることは間違いないのだが……。



困難も障害も、周囲ではなく、当人に由来する……。

手遅れになる前に気づいておくれ。


調子に乗って、リコーダーを吹き始めてご満悦の雅人に、教授は心の中で祈った。





夕方、かほりは雅人を家に連れ帰った。

まだ父も兄も帰宅していないらしい。

「お帰りなさいませ。お嬢さま。尾崎さま、いらっしゃいませ。」

お手伝いのキタさんが迎えに出てきた。

……小さな頃は、「雅人くん」と呼ばれていたのに……いつの間に「尾崎さま」になったんだろう。

雅人は、多少面食らって、ただ会釈だけしておいた。


「ただいま戻りました。……亜子さんは?」

いつもなら、昔から勤めている年嵩の亜子さんが迎えに来てくれる。

キタさんは40代ながら若々しい雰囲気の女性で、兄嫁の領子(えりこ)が嫁いでくる時に、一緒に橘家にやってきた。


「はい、ただいま奥さまとお話しをされてまして……。」

申し訳なさそうに声を潜めて、言葉を濁した。


「……なぁに?悪だくみ?……まあ、いいわ。レッスン室、開けてくださる?」

「旦那様からご連絡がありまして、既にととのってます。……お紅茶をお持ちいたしましょうか?」

「ありがとう。よろしくお願いします。……雅人、何がいい?」

「ロータスティー。今もある?キタさんのロータスティー、すっごく美味しかったのに、他で飲んでも何か違うからさ。」

子供の時と変わらない好いたらしい笑顔でニッコリ。

キタさんも、作り笑いじゃないほほえみで頭を下げた。




「その調子で、お母さまとお兄さまも籠絡してちょうだいね。」

レッスン室で2人きりになると、かほりは憮然としてそんなことを言った。

「……籠絡って……それは、まずいっしょ。」

顔をしかめた雅人を思わず睨む。

「もう!そういう意味じゃないし!」


もちろん、わかっている。

でも雅人は……笑えなかった。
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