何度でもあなたをつかまえる
かほりの父は素晴らしい人物だと思う。

でも、母親は自分の血筋と家柄のみをより所に生きている前世紀の遺物のような人間だ。

あろうことか、雅人は幼い頃、かほりの母親と他の男の密会を目撃してしまったことがある。

まだ10代の少年のような線の細い男だった……。


そして兄の千歳は……優秀な人物であることは間違いないが……家族に対してクール過ぎるほどに冷たい男だ。

確信はないが、千歳は男が好きな男だと思う……。

ただの勘なので、かほりには言ったこともないけど。




新しく橘家にやって来た古い楽器を調律していると、何かが割れるような音がした気がした。

気のせいかしら?


かほりは、レッスン室のドアを開けた。

パタパタと走る足音が聞こえる。

……誰?

「お姉ちゃま!」

姪の百合子が泣きじゃくって走ってきた。

「百合子ちゃん?どうしたの?」

「お母さまが……」

百合子は、かほりにしがみついて、わんわん泣いた。


渡り廊下の向こうで、やはりバタバタと賑やかな足音と、バンバンと物が落ちたか、ぶつけたか……荒々しい音がしている。

「強盗……じゃないわよね?」

百合子の背中を撫でながら、雅人にそう聞いてみた。

「……違うと思いたいけど……かほりは百合子ちゃんとココにいて。一応、鍵かけといて。」

雅人はそう言って、リコーダーを持ったままレッスン室を出て行った。

……まさか、ステンズビーを凶器にするつもりじゃないでしょうね……。




「お母さま……泣いてた……。」

そう言う百合子も、両の瞳からポロポロと涙をこぼし続けていた。

かほりはハンカチでその涙をそっと押さえながら、百合子の頭を撫でた。

「誰にイジメられたの?知ってるヒト?知らないヒト?」

百合子の綺麗なお顔がぐっと歪む。

嗚咽で言葉にならないようだ。

かほりは、黙って、百合子を抱きしめた。

わんわん泣いて、少しスッキリしたのか……ようやく、百合子は真っ赤な目でかほりを見上げて言った。

「……おばあちゃま……。」

って……お母さま?

姑による嫁いびり……ということかしら。

でも、変ね。
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