何度でもあなたをつかまえる
決して仲がいいわけではないけれど、かほりの母と兄嫁の領子の関係は特に悪くはなかった。

2人とも、教養の高い名家のお姫さまで、家事も子育てにもノータッチ。

年中、着飾って出かけているヒト達だ。

同じような環境のヒト達との狭い世界のおつきあいを何よりも重んじている。

似たような価値観の2人は、お互いに干渉し合うこともないので、不仲になる要素も見当たらないのだが……。

世間でありがちな、孫の教育方針の食い違いだろうか。


「出て行くようにって、おっしゃって……。怖いお顔されて……。私のこと、汚らわしいって……おっしゃって……。」

百合子はそう言って、むせび泣いた。

汚らわしい?

さすがに、それは……酷すぎない?


かほりは、居ても立ってもいられず、自分で母を問いただしたい衝動に駆られた。

こんなに小さい、愛らしい孫娘に対して、何てことを言ったんだろう。

でも、小さい肩を震わせて泣きじゃくる百合子を放置することはできなかった。



しばらくして、雅人が戻ってきた。

沈鬱な表情。

「雅人……お母さまが?」

どうなさったの?

何があったの?


雅人は、かほりではなく、百合子の前にしゃがんで、言った。

「百合子ちゃん。……今夜は、お母さんと……お母さんの実家にお泊まりだって。」


「……今夜だけ?明日は、お家に帰ってこれる?」

百合子の質問に、雅人は答えられなかった。


……たぶん……無理だろう……。

あの様子では……二度とこの家には戻って来ない気がする……。


百合子は、黙ってすっくと立ち上がると、レッスン室を出て行った。

引き止めようとしたかほりの両肩に、雅人が掴む。

……追うな、ということらしい。


「何があったの?」

かほりの問いに、雅人は言いにくそうに声を潜めた。

「……かほりのお母さんが……真実を知って……百合子ちゃんのお母さんに、百合子ちゃんを連れて出て行けって言ったらしい。」

……真実?

かほりは雅人の顔を見上げた。

不安そうなかほりの表情……。

たまらないな。

雅人は、かほりを抱きしめて小声で言った。

「百合子ちゃんは橘の孫じゃない……って、おっしゃってた。」

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