何度でもあなたをつかまえる
「やあ、雅人くん。いらっしゃい。……せっかく来てくれたというのに……すみませんね。でも、かほりのそばにいてくれて、助かりましたよ。ありがとう。」

父の千秋は、こんな時でも穏やかな紳士だった。

雅人は、ぺこりと頭を下げた。

「お邪魔してます。……勝手にステンズビー、お借りしたよ。」

ほほ笑んでうなずく千秋の後ろから、千歳が言った。

「では、お父さん。……お手を煩わせて、申し訳ありませんでした。雅人くん、居心地悪くなければ、しばらくかほりのそばに居てやってください。」

「……え……。」


小さい頃から、数え切れないほど遊びに来ているが……さすがに、かほりと関係してからは、お泊まりは差し控えていた。

返答に窮した雅人は、かほりを見た。

かほりもまた、首を傾げて雅人を見た。

「……あの……でも……お母さまがお許しになりませんわ……。」

「今さら、反対しても、無駄でしょう。」

かほりの言葉は、音もなく現れた母に否定されたらしい。

「いらっしゃいませ。雅人くん。……お部屋を準備いたしますね。亜子さん、お願い。」

ポカーンとする雅人とかほりを置き去りに、父と母、そして千歳は言葉を交わし、食卓についた。



千秋と千歳の遅い食事が終わるのを待って、母は千歳に尋ねた。

「それで、先様(さきさま)は……御納得されましたの?」

千歳の顔が冷たく歪んだ。

「納得も何も。……恭風(やすかぜ)さん、平謝りでしたよ。」


恭風は、領子の実の兄だ。

領子の両親は2人とも早くに鬼籍となったため、まだ若い恭風が当主におさまっている。

決して愚鈍な人間ではなく、むしろ優秀なのだが……能力の全てを風雅な趣味に費やし、優雅に浪費している。

華族制度のとっくに廃止された今なお、貴族のように暮らしている稀有な存在だ。

穏やかな彼のこと、妹の不貞が発覚しても逆ギレするはずもなかった。


「当然ですわ。……まったく……何てことを……。」

母はため息をついて、それから、千秋に向かって言った。

「それで、いつ正式に離婚となりますの?」


離婚という言葉をハッキリ口にした母を、かほりは思わず見た。

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