溶ける部屋
☆☆☆

時計のない部屋で10分を数えるため、あたしは自分の脈を図っていた。


少し前、保健体育の授業でならった方法だった。


あたしの脈は1分間に60回ほど打つ。


正確ではなかったけれど、一秒ずつ数えていくよりもやりやすい方法だった。


「これでみんな何かを思い出していけば、きっとここから出られるね」


伶香が明るい口調でそう言った。


それは昨日あたしがしたように、表面上を滑って行く言葉だったけれど心の重みは少しだけ軽くなる。


こんな状況だからこそ、大丈夫だという思い込みは大切なのかもしれない。


「あぁ。きっと、大丈夫だ」


弘明が頷く。


郁美はただ1人、何も言わずにドアを見つめていた。


郁美は何を思っているんだろう。


健の事を心配しているのか、あたしの事を怨んでいるのかもわからない。


最近の郁美はすっかり表情を失ってしまっていた。


5分が経過したところであたしはドアに耳を当てた。


中からは何も聞こえてこない。


「健、大丈夫?」
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