溶ける部屋
☆☆☆

朝起きて健と2人で広間へ行くと、郁美が1人でキッチンに立っていた。


その様子に一瞬ビクリとして立ち止まるあたし。


その背中を、健がそっと押した。


「お、おはよう……」


自分でも情けないと思うくらい、小さな声でそう言った。


あたしの声に郁美がビクリと肩を震わせる。


また昨日のように怒鳴られるだろうかと、身構える。


しかし、郁美は振り返るとぎこちなくほほ笑んだのだ。


「……おはよう、明日花」


その返事にあたしは一瞬戸惑ってしまった。


昨日あんなことがあったばかりなのに向けられた笑顔。


どんなふうに返事をすればいいんだろう?


困っていると、健が大あくびをしながら椅子に座った。


「腹へったなぁ、今日の朝飯はなに?」


「お味噌汁と、お魚」


郁美が少し照れたように顔を赤らめてそう答えた。


「あ、あたしも手伝うよ!」


あたしはすぐにそう言い、郁美の隣に立った。


近い距離に緊張したけれど、郁美はいつも通り……この建物へ来る前の様子に戻っていた。


あたしはお味噌汁の具を切りながら横目で郁美を見た。


郁美も時々あたしの事を気にして視線を向けている。


お互いに話を切り出すタイミングを見計らっているのがわかった。
< 120 / 205 >

この作品をシェア

pagetop