溶ける部屋
あたしはテレビでやっている料理番組を思い出していた。


昼前になると必ず始まるあの番組を見ては、『おなかが空いたなぁ』なんて思う事が多い。


伶香が目指しているのは、そういう世界なんだと思うと途端に尊敬してしまう。


「すごいね、伶香は」


「そんな事ないって」


褒めれば褒めるほど伶香は居心地が悪そうに、座り直した。


「明日花は何になりたいんだ?」


不意に健にそう聞かれて、あたしは「え?」と、戸惑ってしまった。


将来の夢なんて特に考えたことはなかった。


幼いころはケーキ屋さんとか、服屋さんとか色々思っていたけれど、最近ではそんな夢もなくなっていた。


「……なんだろうね?」


答えられず、曖昧に返事をするあたし。


「明日花は絵がうまいじゃないか」


健にそう言われてあたしは「あぁ~……あれは、趣味だから」と、答えた。


確かにあたしは絵を描くのが好きだった。


子供の頃から風景画や有名な作品の模写をしている。


だけどちゃんと勉強した事は一度もなかった。


「絵といえば……トシの絵なんだけどさ」


弘明がハンバーグを半分ほど食べたところでそう言った。


トシの部屋の机から出て来た絵は、まだテーブルの上に置かれたままになっている。
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