天国の不動産
「誰かの記憶が、なくなるんですよ?」
「分かってますよ」
彼女はにっこりと笑った。
「それでも、どうしても会いたい人がいるの」
僕の不安な顔と彼女の真っ直ぐな瞳が交差する。
「会いたい人から、忘れられても……ですか?」
「そうだね。それでも、私は会いたい」
向き合う彼女が鏡だったらいいのにと思いながら、僕の頭はどんどん俯いてしまう。
「どうして、迷いがないのか、聞いてもいいですか……」
僕のしどろもどろな声が、自信のなさを醸し出してしまっていることは分かっているが、聞かずにはいられなかった。
「やり残したことが、あるからよ」
言いながら彼女は、僕の隣に腰を下ろす。
少しだけ大きめに息を吸うのと同時に、彼女は話す覚悟を心に溜めた。
「赤ちゃんを産んだの。旦那とは3年前に結婚して、ようやくできた子だったの」
その続きの話は、【天国】【やり残したこと】のキーワードですぐに察することができた。
それでも僕は黙って聞いた。