天国の不動産
葵の母は道路脇に添えられた花を見て、にこりと笑った。
「綺麗なお花ね。葵が添えてくれたの?」
母親の問いに、またゆっくりと口を開く。
「約束したから。12時半に駅前ねって。約束したんだけど。湊がいつまで経っても来ないから」
自分の彼氏が死んだこと、分かっているのか、分かっていないのか。
分かっていなかったら花を添えるはずがない。
分かっていなかったら駅前ではなくわざわざ事故現場にいるはずがない。
全てを分かっていての、葵の発言なのだ。
「葵…帰ろっか」
葵の母はそれだけ言って、葵の手を引いた。
まるで、何も分からずどこかへ連れられている子どものように、歩いていく。
瞬きも、表情もない。
葵は壊れている。
精神科の医師免許なんていらない。
それは誰が見ても明確だった。