短いぼくの人生の感想

※彼※

雨の降る日だった。
俺を呼び出した彼は、雨が好きだった。
「おーい」
彼が、雨の中走って来た。
彼が1歩1歩刻む度、水溜りが飛び跳ねて細かい粒子をまき散らす。
「待った?」
「いいや」
彼の傘は、紺色の濃淡の効いた綺麗な傘だった。
俺が差している壊れかけのビニール傘は、錆びていて格好悪い。
「何だ?」
俺は普段通り、素っ気ない口調で言った。
「あのな、驚くこと言っていいか?」
「いいぞ」
彼は、少し顔を赤らめて、それで微笑んだ気がする。
ぎゅっと袖を握り締めて、雑巾を絞るように、勇気も絞り出しているようだった。
「―――僕、お前が好きだ」
彼が言ったのは、俺が望む言葉だった。
そう、望む言葉だった。
ぐるぐると巡る何かが、俺の心臓を握った。
よく分からないけど、よく知っているこの感情を、何と呼べばいいんだろう。
俺は、俺は―――?
「俺もさ、お前のこと好きだよ」
彼の顔が、ぱっと一変する。
だけど、俺の苦悶の表情に気付いたのか、途中まで開きかけていた口を閉ざした。
「だけどさ、恐いんだよ」
恐いんだ。
お前のその甘い愛が、無垢なお前が。
汚い俺が、お前を好きでいていいのか?
男の俺が、お前の隣にいていいのか?
どうすればいい。
「―――え?」
「俺さ、無理だわ」
突発的に出たその言葉は、もう取り戻せない。
何とか彼から逃げ出して、無音で『ごめん』を言う。
1歩1歩彼から離れる度、彼の泡のような淡い笑顔が残像で浮いては消えていく。
何で?
何で、どうして、どうしてなんだよ。
足がガタガタで、フラフラで、そのまま、堕ちる―――。
走って走って彼から離れたとき、ふと空を見上げた。
今の俺には到底似合わない雲の無い空が、ぷかぷかと泳いでいる。
雨は、止んでいた。
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