los episodios de suyos
 細いロープの上を、ゆっくりと、だが確実に進んでいく。これは、高い場所を快感とするプロの軽業師にしかできない芸当だ。半分を渡った所で、わざと足を踏み外して観客の悲鳴を浴びる。これも、ショーを面白くするためのイベント。計算されたハプニングなのだ。私は両足の甲で綱を挟み込み、宙に留まった。

 ハァーッ……という安堵の長い息が聞こえる。勢いを付けて起き上がり、体をロープの上に戻す。今度は体を進行方向と逆にして、後ろ向きになって端まで渡り切った。

 鳴り響く歓声と、拍手の音。そして、こぼれる笑顔。これが嬉しくて、私はサーカスをやっているのだ。



『ソニア、よくやった!本番では、最後にも何か台詞を付けよう。みんなの演技も良かったな!どんどんアドリブ使ってくれよ!』



 団長に誉められ、手を取り合って喜ぶ私達。『僕、絶対入団します!』、『私も!』と熱い思いを口にしてくれた若者達。その日はみんな、いつも以上に張り切って練習に臨むことができた。

 長い稽古が終わり、外はもう暗闇の中。戸締りを任された私は、みんなが出るのを待って、しっかりと鍵をかけた。“明日も頑張って、もっともっと上手くなろう”という希望を胸に。
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