los episodios de suyos
 それは、散歩に出たある日。サーカス団員時代に稼いだお金も底をつき始め、いい加減に職を探さなければと思っていた時のことだった。

 少し遠出した先で見かけたのは、二十歳くらいの女の子。肩まで伸びた艶(つや)やかな黒髪をなびかせる様は、遠目で見ても分かるくらいの美人。グレーのTシャツと黒のパンツを泥だらけにしたその子は、自分を取り囲む男達を凛とした瞳で睨み上げている。



『ハハハ、この辺でヘバってもらっちゃ困るなぁ。』

『もう少し頑張ってもらわねぇと、オレ達も面白みがねぇってもんだ。』

『……ヘバったなんて、一言も言ってないわ。笑わせないで。』



 ――暴行か誘拐だろうか。あんなに大勢で寄ってたかって、あの子は名家のお嬢さんか何かかもしれない。助けなければ。そう思い、木の陰から機会を窺った。

 女の子は素早い動きで相手の背後に回って背中を蹴り飛ばしたり、向かってくる者の脇を上手くすり抜けたりと、なかなかセンスがある。だが、そんな幸運がいつまでも続く訳もない。一人が音もなく彼女の背中に近寄り、肩に手を伸ばしている。

 それが目に入った瞬間。私は咄嗟に飛び出していた。



『……やめろーっ!!』
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