los episodios de suyos
 “あんた達、生憎このお方には恋人が居るのよ。”その言葉を、笑いと共に何度飲み込んだだろう。私が吹き出しそうになるのを見る度に、ボスが“不可解だ”というように眉をひそめるので、これ以上はマズいと思って、必死に顔を引き締める。すると、ようやく私達の間にいつもの空気が流れ始めた。

 ――服や小物を見て回ったり、カフェでお茶をしたり。まるでそこら辺に居るOLの休日のような過ごし方は、私達マフィアにとっては大いに貴重な時間だ。ブランド物の袋をボスと一つずつ手に持って、駐車場までの道のりを歩いている時。不意に、前方から視線を感じた。それも、驚きと喜びが混じったものだ。



『……ソニア、知り合い?』



 隣から、上司が尋ねてくる。外見こそ少し老けたけど、すぐに分かった。その初老の男性は、かつて私が天職だと思っていた仕事に就いていた人。そして、私が所属していたあの団体を束ねる立場にあった人だった。



『団長……ですよね?』

『あぁ、そうだよ……どんなに探しても見つけられなかったのに、まさかこんな所で会えるとは……!ソニア、私達はずっと、君に謝りたかったんだよ。』



 団長は、あの時私を犯人に仕立てたのは金に困っていた同僚で、鍵をこっそり持ち出していたこと。そして、団長達は私がサーカスを辞めた後に真相を知った、ということを教えてくれた。彼は現在経営をメインにやっていて、実際に一座をまとめているのは、もっと若い人らしい。時代も変わった、ということだろう。

 繰り返し、繰り返し頭を下げられている内に、昔のことが蘇ってくる。あの頃は、裏切られたという思いが強すぎて、ただただ悔しかった。でも、今は不思議と、そんな感情は湧いてこない。“人を許せる強さと優しさ”を、私も学べたのだろうか。



『団長、頭を上げて下さい。私には、新しい仲間が居ます。だから、もう大丈夫です!』



 ――胸のつかえがスッと取れたような、そんな感覚。この人も私も、今日から本当に、前を向いて歩いていける。そんな気がした。



fin.
→後書き
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