los episodios de suyos
 ――お嬢様の第一印象は、愛想のない美人。クスリともニコリとも笑わない彼女は、何となく、自分と性格が被っている。勘弁してくれ、部屋の空気の重さが二倍じゃないか。そう思いながらも、一応礼儀として挨拶をし、距離を縮めるために会話をしてみるのだった。



『……そう、大変だったのね。ここではお金で苦労することもないし、アナタの心が休まる空間や時間もあると思うわ。何か困ったことや必要なものがあったら、いつでも言って。働きやすい環境にするのが、アタシ達の務めだと思うから。』



 一通り話し終えた時、初めてお嬢様の微笑を見た。決して自己主張していないのに、何処か艶やかな、品のある笑み。それに加えて、雇い主の威厳を失わない程度の腰の低さ。そんな彼女達の生活を作っている使用人達もまた、それぞれを大事にし合っているらしかった。

 良い所に来た、と思った。お嬢様の自由奔放さに呆れてついつい口を出してしまうことも多かったが、旦那様と奥様には、反ってそれが好印象だったらしい。“上等な秘書が付いてくれた”とご満悦だった。

 生活を共にしている内に、お嬢様の性格が分かってきた。大規模なファミリーを継ぐためのひたむきな努力に、弱音を決して口にしない強さ。そして、こっそりと流す涙や、稀にしか見せない煌びやかな笑顔。そんな彼女に、密やかだが惹かれていった。ソニアやグレイといった新しい仕事仲間も加わり、いよいよお嬢様もボス就任。堂々たる姿に、流石だと脱帽したのだった。



『お嬢様、先程チェーロのボスとお話されたそうですね。』

『ええ、変な男だったわ。まぁ、退屈はしなかったけれどね。』

『まぁ、お嬢様のような破天荒な方と居たら、確かにそうでしょうね。』

『アタシじゃなくて、相手の話よ。まったく……相変わらず失礼ね、ガルシアは。』



 ――秘密を抱えているというのは、少しだけ辛かった。身分違いの恋だなんて笑えるけれど、自分のことになると、嘲笑する度に、心に傷が付く。お嬢様が、イタリアンマフィアの若頭を気にかけていることも察していた。そして、相手もお嬢様を同じ、いや、それ以上の感情を込めた目で見つめていることも。

 だから、お嬢様がお風邪を召されたあの日。群様に気持ちを見抜かれた時は、内心とても驚いていた。やはり、分かる人には分かってしまうものなのだ。一人の人を見つめ続けたり、目を逸らしたりしてしまうという行為は。

 あれから、心臓にあった鉛が取れたような気がしている。お嬢様を見つめる度に感じていた僅かな息苦しさも、彼女をあのライトキャラメルのような髪の男に任せた日から、ほぼすっかりなくなったのだった。
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