僕らの空は群青色
しかし、深空が望むように自分が振舞えないだろうことも、渡はわかっていた。

渡のいないところで、家族は穏やかにまわっている。
自分一人が薄いビニールのラップに包まれている。それ一枚隔てた向こうはホームドラマに似た幸福な世界だ。中年夫婦と一人娘。
見えているのに渡には手を伸ばすことができない。同じ屋根の下にあるあたたかい風景は自分とは縁遠い世界だった。

『渡、入るよ』

さきほどの義姉と母のやりとりを思い出し、部屋でぼんやりしていると深空が入ってきた。

『ケーキ、チョコレートのやつ、とっといたからあげる』

深空は明るく言って、渡の前にチョコレートケーキの載った皿を差し出した。
当時深空は高校二年で、付近で一番の進学校に通っていた。
ケーキ屋でバイトをしていて、しょっちゅう残り物のケーキを安く買ってくる。それが家族の団欒や渡の機嫌取りに使われるとわかっていたので、渡はいつもケーキを食べなかった。

しかしこの時はどうしてだか皿を受け取った。
義姉の淹れた紅茶を飲みながら、渡は複雑な気持ちだった。

母に望まれている深空。
自分を愛してくれている深空。

『渡は渡だから』

深空が言った。
彼女は渡が廊下で先のやりとりを聞いていたことに気づいていたのだ。

『そのままでいて』

渡は八つ当たりも無視もしなかった。ただその言葉に頷いた。
ブラックホールのように心に空いた暗い部分に、深空の声は光みたいに差し込んだ。

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