キミ専属
 さっき自分で決めた通り、事務所に着くまでの間に散々泣いた私は、泣きすぎで頭がクラクラするままオフィスルームに入った。
オフィスルームに残っていたのは社長ただ1人。
それまでパソコンで作業をしていた社長だったが、私がいることに気付くと少し驚いたような素振りを見せた。
「こんな遅い時間にどうしたんだい?畑中さん」
社長が私に問いかける。
私はそれにこう答えた。
「話があってきました」
私の言葉を聞いた社長は「そうか、わかった」と言うと、自分の近くにある椅子に座るよう私を促した。
私は社長に促されるまま社長の近くの椅子に座ると、話を切り出した。
「結論から言わせてもらうと、私、翔太さんのマネージャーを辞めたいんです」
それを聞いた社長は目を丸くしてこう言った。
「それはまたどうしてだい?」
私は重い口を開き、“その女性”の名前を口にする。
「…社長も本当は気付いてるんじゃないですか?翔太さんにとっての私が玲子さんの代わりだっていうことに」
玲子さんのことをクビにしたのは間違いなく社長だ。
だから、社長が玲子さんのことを知らないわけがない。
すると社長は苦笑いを浮かべ、こう言った。
「…ああ、たしかに畑中さんが玲子にそっくりだということには気付いていたよ」
私はそれを聞いて少し肩を落とす。
『やっぱりそうだったんだ…』
社長は自分の机の引き出しを開けて1枚の写真を取り出し、それを私に手渡した。
その写真に写っていたのは笑顔の翔太さんと私にそっくりな笑顔の女性だった。
その姿はまるで自分を鏡で見ているかのよう。
…この人がきっと玲子さんだ。
「………」
想像以上のそっくりさに私は言葉を失う。
そんな私を見た社長はこう言った。
「僕はずっと翔太と玲子を別れさせて玲子をクビにした事を後悔していたんだ。あの後の翔太はしばらくの間魂が抜けたような状況だったからね。でも、僕は畑中さんといる時の翔太を見て驚いたよ。まるで玲子と別れる以前のような明るい姿だったから…」
“私がいることによって翔太さんが明るくなる”
…それだけ聞けば私は嬉しく思ったはず。
…でも今は違う。
翔太さんは私を玲子さんに重ね合わせることによって明るくなっていたんだ。
そんな事実を知って、嬉しく思うことなんてできない。
「私が玲子さんの代わりをするなんて御免です。もう翔太さんのマネージャーを辞めさせてください。お願いします」
私はそう言って社長に頭を下げる。
社長は「本当にいいのかい?」と私に問いかけた。
…でも、悩む必要なんてない。
私は頭を下げたまま「いいんです」と言った。
すると、社長はどこか諦めたように「わかった」と言った。

翔太さん、これでもう本当にさよならだね━━━━━。
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