いちごケーキと秋の夜
いちごケーキと秋の夜
いちごケーキと秋の夜



 どうして、こんなにイライラするんだろう。

 秋も近づき、朝晩涼しくなってきたのに、そんな季節の移り変わりにかかわりなく、最近の私は機嫌が悪い。

 そろそろ一日の疲れが限界に達しようとするヒールの足をひきずり、ちょうど自宅マンションの下にたどり着いた時だった。

「美沙」

 呼ばれて、振り返ると、後ろから走ってきた男が尻尾を振って笑っている。
あ、嘘。尻尾はあくまで幻覚だけど、実際そんな子犬みたいな態度で、そいつは私の腕にすがりついてきた。
 この子犬は啓祐(けいすけ)。私の彼氏——いや、今は単なる同居人と化した、よくわからない関係の男だ。

「おかえり! 今日早かったねー! 今買い物行ってきたから、ちょうどすぐ晩御飯だよー」

「あ、そう」

 それはよかった、とそのままエレベーターホールに向かいかけた私の腕を、啓祐が引っ張る。

「なーにその態度。今日美沙の好きなからあげにしたのに! つれないなあ」

「ふうん。ありがと」

 まだぶうぶう言っている啓祐を後に、郵便物をチェックする。今日も、不要なDMといらないチラシが入っているだけだった。
当然のように、啓祐宛てのものも混ざっている。

「ねえ、啓祐。ちゃんと不動産屋回ったの? いい物件あった?」

 つい、冷たい声で聞いてしまった。どうせ答えは知っている。今日も別に大したこともせず家で遊んでいたのだろうから。
 啓祐は、あせったように顔をひきつらせた。

「えーうんっと……ネットでは見てるんだけどさ。なかなか、いいとこなくて。それと、今日は結構予約入ってたから忙しくて」

 啓祐の言い訳を聞きながら、ため息混じりに私は玄関のドアを開け、部屋に入る。啓祐はまた子犬のように後から付いてきた。

 夕日の差し込んだ2LDKの部屋。我ながら、観葉植物や間接照明、絵画にソファ、とセンスいいインテリアでまとめていると思う。

 でも、今はソファの前のガラステーブルも、啓祐のノートパソコンとタバコとごちゃごちゃしたアクセサリーが占領していた。

「部屋で吸ってないよね? もう、やめてって言ってるのに」

 ごめん、と小さく啓祐はつぶやいたが、私は聞きもしないでさっさと散らかった啓祐の服や雑誌を片付けた。
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