いちごケーキと秋の夜
 もう、仕事で疲れて一ミリも動きたくないのに。なんで毎回毎回私がこうやって片付けないといけないの。
 どうして、何度言ってもだらしない性格は変わらないの。
 イライラが更につのっていく。
 
「あっ、それはだめー。大事なお客さんのファイル!」

 無造作に積み重ねていたように見えたクリアファイルを拾うと、啓祐があわてて取り上げた。

「大事な商売道具なんだから、そんなゴミみたいに持たないでよ」と、むくれたように私を見る。

 大事な商売道具? くだらない詐欺みたいな占いの、顧客情報が?

 大した稼ぎにもならないくせに。

 頭に浮かんだ言葉はさすがに飲み込んだが、私の表情から伝わったらしい。

 啓祐は黙ったまま、ファイルを自分の部屋——といっても元々私が書斎代わりにしていた部屋に片付けて、キッチンに立つ。

 私の好物、と買ってきたらしい惣菜のからあげをあたためて、味噌汁に火を通して、ごはんをよそって。
黙々と用意してくれる姿を見ると、さすがに申し訳なくなった。

 でも、自分のイライラの原因はわかった。

 私が外で働いて、啓祐は家にいて、ちょっとした電話占いの仕事だけしていて、まるで自分が養ってあげているみたいな生活。
こんな生活がなんだかんだで二年続いていて、別に結婚するわけでもなく、それどころかマンネリで、最近なんてセックスもしていない。


 何なんだろう。私。
 何なんだろう。こいつとの関係。

 もっと、しっかりした男を、頼れる男を、私をイライラさせない男を好きになったらよかったのに。

 そんな不服が声に出せないまま募っていって、きっと固まりになってのしかかっているのだ。

 もう、後戻りなんてできない年齢の、余裕もない嫌な女。
 きっと、最初は大切にしていたはずの、綺麗な気持ちを思い出せなくなっている。

「ねえ、啓祐」

 向き合った食卓で、少しだけ、優しい声が出せた。

「やっぱりさ……今日、あの、ね」

 別々の部屋。別々のベッド。
 それは元々自分が気楽に寝たいと言って始めた習慣。小さなズレの始まり。
 
 でも、ベランダ越しにいつのまにか浮かんでいた月を見ていたら、出会った日の啓祐の笑顔がふとよみがえった。
あの時、疲れた仕事の後、一人で飲んでいたバーで、彼は何と言ったのだっけ?
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