いちごケーキと秋の夜
 どうして、癒されたんだったか。気づけばよく会うようになって、デートして、啓祐がこの家に転がり込んできて—ーそう、楽しかった。
楽しかったのだ。

「その、一緒に……さ」

 恥ずかしくて、からあげを箸でつまんだまま、何も言えないでいると、啓祐はふっと笑った。
 そのまま立ち上がり、冷蔵庫から何かを取り出してくる。

 それは、ちゃんとホールの、いちごの乗ったケーキだった。

 驚く私に、啓祐がいたずらっぽく笑う。

「お誕生日おめでとう」

 それは、チョコのプレートに白いクリームで書かれた文字と同じ言葉。

 子供にあげるみたいに、『みさちゃん』とつづられていて、思わず私も笑った。

「忘れてた……今日だったなんて」


 ちゃんと冷やしてくれていたらしい、私の好きなビールを、啓祐が渡してくれる。

「俺が出て行くことになったら、もう祝えないかもしれないし……ちゃんとしてあげたかったんだ」

 
 そうだ、部屋を探して、出て行くように言ったのは私。
 こんな生活にいいかげん嫌気が差して、もっとしっかりしてほしくて。
 それが別れる、ということになるのなら、それでもいいとさえ思っていた。でも。

 顔を上げると、啓祐がいつもの、子犬のような笑顔で言った。

「もっとさ、肩の力抜いて、笑ってよ」

 私は、目を見開く。
 ああ、思い出した。初めて会ったバーで、そう言われたんだ。
 
 抱えているプロジェクトが成功するかしないか、ぎりぎりで緊張していた私を、馬鹿な冗談で笑わせてくれた。
 啓祐が、笑顔を思い出させてくれた。

 一緒にいたら気持ちがあったかくなって、いろんなものがふっと抜けていくような気がして、リラックスできた。

 そんな、啓祐が、私は。

「ごめんね。俺が頼りなくて。美沙を、笑わせてあげられなくて……ごめん」

「啓祐——」

「俺、ちゃんと部屋探すから。美沙が今すぐ出て行ってほしいなら、やっぱり友達の家でも行くからさ。荷物は後で取りに来るけど……だから」

 言い続けようとする啓祐の手を、私はこらえきれずにつかんだ。
 驚く啓祐の、次の言葉を聞く前に、勇気を出して、伝えることにしたのだ。

「一緒に、いて」

「美沙……?」

「私、だめなの。やっぱり、啓祐が——ほんとは、だから……お願い」

 何を言っているのか自分でもわからない。
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