榎本氏
仁姫の部屋を訪れた慶子皇后は言われた。
「自分の子供が、自分よりも先に死ぬ、などということがあってよいのでしょうか?」
「お母様は、できの良い女君でしたから、それはもう、皆から惜しまれておられましょう。」
「宮中の子女たちの養育については一番私のことを助けてくれた人だったというのに、どうして年老いたこの私よりも先に行ってしまったのでしょう?」
「それはきっと、地上ではなく、天でお母様が必要とされたからでしょう。」
「仁姫。あなたはもう五人目を産むのですね。」
「厳密に言うと、今お腹におります子で、八人目でございます。私は、八七八年には一度、嶋田麻呂様のご嫡男を産んだのです。その後、娘も二人設けております。今では、男子を次々に授かっています。夫の子をどんどん産むことができるなんて、こんなに幸せことはありません。」
身籠って大胆になった仁姫は堂々とし、自信ありげで、確かに幸福の只中にいるかのように、錯覚されがちであった。しかし、慶子皇后のご内心は、藤姫と同様、夫・橘嶋田麻呂殿の奴隷となって、お子たちを産み続ける仁姫に、何やら不吉なものを感じないではなかった。慶子皇后は、続けて仰せになった。
「そういえば、私と藤姫・お母様とあなたの三人で和歌を詠んだのは、七九三年のことだったかしら?あの時は、あなたが痩せ細ってしまって、三郎君がまだ藤姫の手を離れていないのに、あなたのことを心配して、三人で和歌を詠む時間を無理矢理作ったのよ。」
「覚えております。あの時は、お祖母様とお母様が、私にとてもお優しくて、この世に三人しかいないようでしたわ。」
「今のあなたがお幸せなら、言うことはありません。毎年のように、お子を産んでおいでなら、あなたが今一番お幸せなところが、張ってしまって、痛いのではありませんか?きちんと手当てはしていますか?」
「私が妊娠中でも、お腹が大きくても、嶋田麻呂様は、毎晩私と一緒にいて下さって、私のことを本当に大切に扱ってくれています。こういう気持ちを、幸福の絶頂、と言うのでしょうか?」
仁姫は、慶子皇后陛下の目の前で、自信の身体の該当部分を指し示したり、触れて見せたりした。
「まあ、本当にお幸せなのね。」
仁姫は、この時は本当に自分は幸せだと思っていた。自分の女君としての身体的な特性が、そう自分に思い込ませているに過ぎないことに、この時の仁姫は、気付いていなかったのである。虚偽の快楽が、これもまた虚偽の誠実さで対してくる、夫・橘嶋田麻呂殿と共に、仁姫自身も情欲に溺れていた所為でもあった。嶋田麻呂殿は、仁姫のことを欲望の道具としか考えていなかった。慶子皇后も藤姫も、早くからこのことを悟っていた。しかし、いくら皇后陛下でも、「私は夫に好かれている。」と錯覚している仁姫の自惚れを、挫くことはできなかった。
「自分の子供が、自分よりも先に死ぬ、などということがあってよいのでしょうか?」
「お母様は、できの良い女君でしたから、それはもう、皆から惜しまれておられましょう。」
「宮中の子女たちの養育については一番私のことを助けてくれた人だったというのに、どうして年老いたこの私よりも先に行ってしまったのでしょう?」
「それはきっと、地上ではなく、天でお母様が必要とされたからでしょう。」
「仁姫。あなたはもう五人目を産むのですね。」
「厳密に言うと、今お腹におります子で、八人目でございます。私は、八七八年には一度、嶋田麻呂様のご嫡男を産んだのです。その後、娘も二人設けております。今では、男子を次々に授かっています。夫の子をどんどん産むことができるなんて、こんなに幸せことはありません。」
身籠って大胆になった仁姫は堂々とし、自信ありげで、確かに幸福の只中にいるかのように、錯覚されがちであった。しかし、慶子皇后のご内心は、藤姫と同様、夫・橘嶋田麻呂殿の奴隷となって、お子たちを産み続ける仁姫に、何やら不吉なものを感じないではなかった。慶子皇后は、続けて仰せになった。
「そういえば、私と藤姫・お母様とあなたの三人で和歌を詠んだのは、七九三年のことだったかしら?あの時は、あなたが痩せ細ってしまって、三郎君がまだ藤姫の手を離れていないのに、あなたのことを心配して、三人で和歌を詠む時間を無理矢理作ったのよ。」
「覚えております。あの時は、お祖母様とお母様が、私にとてもお優しくて、この世に三人しかいないようでしたわ。」
「今のあなたがお幸せなら、言うことはありません。毎年のように、お子を産んでおいでなら、あなたが今一番お幸せなところが、張ってしまって、痛いのではありませんか?きちんと手当てはしていますか?」
「私が妊娠中でも、お腹が大きくても、嶋田麻呂様は、毎晩私と一緒にいて下さって、私のことを本当に大切に扱ってくれています。こういう気持ちを、幸福の絶頂、と言うのでしょうか?」
仁姫は、慶子皇后陛下の目の前で、自信の身体の該当部分を指し示したり、触れて見せたりした。
「まあ、本当にお幸せなのね。」
仁姫は、この時は本当に自分は幸せだと思っていた。自分の女君としての身体的な特性が、そう自分に思い込ませているに過ぎないことに、この時の仁姫は、気付いていなかったのである。虚偽の快楽が、これもまた虚偽の誠実さで対してくる、夫・橘嶋田麻呂殿と共に、仁姫自身も情欲に溺れていた所為でもあった。嶋田麻呂殿は、仁姫のことを欲望の道具としか考えていなかった。慶子皇后も藤姫も、早くからこのことを悟っていた。しかし、いくら皇后陛下でも、「私は夫に好かれている。」と錯覚している仁姫の自惚れを、挫くことはできなかった。