ぬくもり
「美沙ー?美沙?」


玄関の電気をつけながら、美沙の名前を呼んでみても返事はなかった。



家の中は静まり返っている。


リビングの電気を点けると、テーブルの上に紙が2枚置いてあるのが目に入る。



1枚は、美沙の名前が既に書き込まれた離婚届けだった。


ところどころ文字がぼやけている。


泣きながら離婚届けを書いてる美沙を想像せずにはいられなかった。



もう1枚は、メモ帳に書かれた俺宛の手紙だった。




離婚届け書いておいて下さい。

今日は、お互いに冷静に話しあう事はできないと思います。

明日話しあいましょう。




美沙の丁寧な字で書かれていた。


胸が締め付けられるような思いだった。


美沙はいつから幸代との事を気付いてたんだ…。
いつから離婚を考えてたんだ…。


美沙と優はどこに行ったんだ…。



俺は、何度も美沙の携帯に電話した。

受話器から聞こえてくるのは、無機質に響くガイダンスの声だけだった。



俺は美沙の事を見くびっていた。


喧嘩になってもいつも謝ってくるのは美沙のほうだった。

美沙の方が俺を想う気持ちが強いんだ。

いつからか俺は、自分が離婚を言いだす事はあっても、美沙の方から離婚を言いだす事はないと、そんな傲慢な思い違いをしていたんだ。



だから…
簡単に美沙を裏切ってしまった…



この時初めてわかったんだ。



俺は今まで、何もかも美沙に甘えてきた事を…。



本当は美沙がいないと駄目なのは、俺のほうかもしれない…。

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