向日葵の天秤が傾く時
「病室で毎日してた挨拶さえ、こんなにも私の中で大きくなってたとは思わなくて。」



「行ってきます」

『行ってらっしゃい』


「ただいま」

『お帰り』



行って来るけど必ず帰るよ


そんな暗黙の約束だった



「だからもう潮時かと思いまして。」



懲戒解雇されたことで張りつめていた糸が切れたように無気力になってしまった。



露骨で姑息な仕打ちにも、独占欲ならぬ毒占欲にも。


耐える意味も必要性も無くなってしまったから。



「まあ辞めなかったのは母だけが理由ではなく、仕事にやりがいがあったというのもありましたけど。」



控え目に笑う巫莵の感情を忖度する薔次は、一つ提案をしてみることにした。



「衢肖さん、事情は分かりました。私もね、数年前に妻を事故で亡くしておりましてお気持ちは分かります。ただ、生前妻が言っていたんですよ。」



愛する人が自分の死を悲しんでくれる、それはとても幸せなことよ。


だけど悲しんでばかりでは心配してしまうわ。


だから、



「だから思いっきり悲しんだ後は、時々思い出すぐらいがちょうどいい。」



忘れることなんて出来やしないのだから。
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