悪魔に恋わずらい
「石崎さ~ん!!」
「累くん?」
フルートケース片手に廊下を移動中だった私に向かって、累くんが教室から手を振っている。
「今から部活?」
「うん。卒業式で演奏するから、その練習」
「頑張ってね。楽しみにしてる」
「ありがとう」
(“楽しみにしてる”か……)
応援されるとつい嬉しくなって、フルートケースをぎゅうっと抱えてしまう。
……これは本番でトチっていられないな。
しっかり練習しようと気合を入れ直していると、並んで歩いていた樹里がニマニマといやらしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「紅子ってば最近、あの明石って奴と仲良いよねえ」
「そう?」
「ねえ、どうやって仲良くなったの?」
“先輩に振られたおかげ”なんて正直に言えるはずもなく、適当にお茶を濁す。
「内緒」
「うわ!!惚気やがってこのやろう!!」
「やだっ、樹里ってば!!苦しいっ!!」
樹里に首を羽交い絞めにされて、ギブアップと言わんばかりにもがいてみせる。
心の奥底にある一番繊細な部分をさらけ出してしまったことが、私と累くんをより親密な関係にしているのだと思う。
私は累くんに感謝していた。
累くんがいなかったらこんなにも早く失恋から立ち直れなかっただろうから。