悪魔に恋わずらい
「石崎さん?どうしたの?」
いつまでも突っ立っていたのを不審に思ったのか、課長が肩を叩く。
「え?」
「朝会終わったよ?」
私の精神状態に多大な影響を与えた朝会はいつの間にか終了しており、みなデスクに着席して既に仕事に取り掛かっている。
「すいません、ぼうっとしちゃってたみたいです!!」
取り繕うようにそう言うと今度は勢い余って、ファイリングしていた資料がバラバラと床に散らばってしまった。
(ああ、もう!!)
皆の目が私に向けられるなか心の中で悪態をついていると、ふいに救いの手が差し伸べられた。
「手伝うよ」
累くんはそう言って床に屈むと、親切なことに一緒になって資料を拾ってくれた。
(累くんだ……。本物の……)
私は資料を拾うことをしばし忘れ、彼の横顔ばかりを追いかけてしまった。
誰もが見惚れる甘いマスク。パッチリとした二重。人懐こそうなえくぼ。
本物の彼の声を聞いただけで心臓がバクバクと大きな音を立てている。
「これで全部かな?」
拾い上げた資料を差し出しながら、彼はもう一度笑った。
「久し振り、石崎さん。元気にしてた?」
……もう、逃げられない。
いや、違う。
……もう、逃がさない。
累くんの瞳は昔と同じように怪しく光っていた。