強引上司にさらわれました

◇◇◇

電車に揺られること二十分。
私が勤める【フロスティアベニュー】は、駅から徒歩で五分のところにある。

子供の頃、“みかちゃん人形”が大好きで、玩具に関わる仕事をしたいと思ったのが、この業界を志望した動機だった。
結果、配属されたのはクリエイティブ系ではなく、玩具と直接的な関わり合いのない管理部系だったのだけど。
それはそれで縁の下の力持ちだと自分なりに解釈して、新卒の採用や研修派遣に関する事務を担当している。


十五階建て本社ビルの一階にある受付を左手に見ながら、課長と別れてロッカールームへと急ぐ。

そのドアを開けると、中にいた女子社員たちが私を見てポカンとした。
新婚旅行へ行っているはずの私が現れたのだから、それも当然だ。


「麻宮さん、旅行は?」


その中のひとりが質問すると同時に、隣にいた女子社員が「しっ!」と遮る。
憐みとも取れる視線を一瞬だけ向けて、「旅行は?」と質問した女子社員にコソッと耳打ちをした。

つまり、私が結婚式で新郎に逃げられた話は、すでに社内に出回っているのだ。

なんと早いこと。
私はなにも悪いことはしていない。
みんなの視線に構うことなく静まり返ったロッカールームを突き進み、バッグをロッカーにしまい込んだ。

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