強引上司にさらわれました

向かいの席の野沢くんが「大変でしたね、ほんと」と、パソコンのディスプレイの上から顔を覗かせる。

“大変”という顔をしていないことに、彼は気づいていないのだろうか。
ニヤニヤ笑っている。


「男を見る目、俺がレクチャーしてあげましょうか」


余計なお世話だ。

でもそんな彼のお気楽な態度を見て、かえって救われているかもしれない。
暗い顔をして可哀想にと言われるほうが、かえって辛いだろうから。


「野沢くんのレクチャーはお断り」


彼の顔を指先で弾く真似をして、パソコンを立ち上げたところで声が掛けられた。


「麻宮さん、野沢くん、課長がミーティングやるってさ」


村瀬(むらせ)さんだった。

同じく人材開発課に所属する、三年先輩の三十一歳。
ツンツンに立たせた黒い短髪に銀縁メガネ。
たれ目のせいか穏やかな印象を醸し出している。
厳しい表情をしていることの多い朝倉課長とは対極だ。

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