強引上司にさらわれました
今日のために費やした時間の、なんと膨大なこと。
突きつけられた現実に、気が遠くなりそう。
不思議なことに、結婚式当日に達也にこっぴどく振られて、悲しいという気持ちはまったくなかった。
あまりにもひどい仕打ちすぎて、心が反応しきれていないのか。
それとも他人事として自分の中で処理することで、心を守っているのか。
失恋したようには思えないのだ。
といっても、達也以前の彼氏は、遡ること十年前。
高校生のときなのだから、その痛みがどんなものだったのかも覚えていないのだけど。
ウエディングドレスを脱がされ私服へ着替えると、ヘアメイクだけバッチリというアンバランスな姿が鏡には映っていた。
「泉、ちょっとお父さんのことも心配だから、部屋に戻ってるわよ」
お母さんは手荷物をまとめてスタッフに丁寧にお辞儀をすると、控室を出て行った。
忙しなくあと片づけをするスタッフとふたり。
微妙な空気が漂い始める。
さっきまではほぼ一方的におしゃべりをするお母さんがいたおかげで、そんな空気を感じることもなかった。
私も早いところ退散しよう。
いつまでもいるべきところじゃない。
ピンクのドレスを恨めしい気分たっぷりにもう一度眺め、お母さんのあとを追うように控室を出た。