降りかかった最悪で最低なstory
いつの間にか、惰性できてしまった無機質な関係を、どうか壊して欲しい。
望んでなど、いなかったはず。奴も、私も。
誰が、陥し入れたのか。
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ベランダから戻ってきた時、纏う臭いに敏感になる。
「本当迷惑だからやめて。煙草の臭い部屋に持ち込まないでよ。」
平気な顔して、さも我が家のように部屋に入り、ソファで寛ぎ始めるこの男に怒りが込み上げてくる。
何度言ってもコレだ。本当に困る。人の話などこれっぽっちも聞いていない。
「私、明日打ち合わせで朝早いからもう帰って。そっちも撮影あるんでしょう?」
この男に居座り続けられるのは、ゴメンだ。色んな意味で限界だった。
だから、今日で、全部を…
「麗香さんさぁ、何考えてんのか知らないけど、俺、離れないよ。」
えっ…
自分が発した声が後からこだまする。一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「部屋にあった物、少しずつ減っていってんの、知らないとでも思ってた?」
全部、バレている。でも、どうしてそこまで拘る必要があるのか。
「...分かってるんだったら、話は早いよ。もう、こういう関係やめたいの。私なんかいなくても、やっていけるでしょう?もう私なんかじゃ踏み台にもならない。」
知り合ってから、10年。関係を持ってから5年。一度だって、奴の本当の笑顔を見たことがない。
藤城麗香と寝れば、主役が取れる。なんてありもしない噂を流され、そんな噂を信じた馬鹿な奴等を蹴散らして、やってきたっていうのに。
そんな奴等より、もっと馬鹿だった私は、目の前の男の涙にほだされ、今日まで複雑すぎる関係を続けてしまった。
19回目のオーデションにやっと受かった時、廊下の壁に右手の拳を置き、歯を食いしばって、必死に嗚咽を抑えていた。
180センチ近くある大柄な男に成長したかつての男子高校生は、もう立派な青年に見えた。
当時はもう他の舞台や、別の脚本家のドラマや映画には受かっていたらしい。
でも、私が参加する作品では、起用されずにいた。
嬉し涙と今までの悔しさが混在した様なその表情に、どうにも声を掛けずにはいられなかったのだ。
「おめでとう。ようやく一緒に仕事ができる。」
ハッとした表情で目を見開き、私を涙で溢れた目でとらえ、手を握られた時には、もう私は奴に落ちてしまっていたんだ。きっと
それからというもの、都合のいい時に家へやってきては、必要な時だけ体を重ね、勝手に私の領域に侵入し、色んな時間を奪われていった。
けれども交際といえるような、正しい関係でなく、本当にただの家政婦か、言ってしまえば彼の欲に使われるだけ。そんなものだ。
虚しさが日に日に増していった。
愛したいのに、愛されないがゆえに、愛することさえ諦めた自分に、何の価値も無くなっていった。
問われるのは、いつも仕事の話だけ。
それ以外の私には興味すらない。
そもそもこんな歳の離れたおばさんに、関心なんて無くて当然だ。
でも、私だって、幸せになりたかった。
ドラマや映画の世界でハッピーエンドを迎えるような人々になれなくとも
日常のほっとした瞬間の笑顔を、そんな些細なことを大切にしたい。そうすれば、私だって幸せになれる。
そんな思いが次第に強くなり、奴から離れる決意をした。
「もう、終わりしよう。これ以上一緒に居たら、いろんなことを無くしていく…もう、無理。」
精一杯だったのだ。この時は。