心臓
「俺の目的は、アンタの…」
ギルはスッとアオの右胸に向かって指先を向けた。アオはその流れを見守って、ギルの言葉を待った。
「…心臓の"力"を、無効化できないかと聞いてみたかった」
「…コレを、消したい、じゃなくて?」
そうではなかったと、否定はできない。
アオという人物が傲慢で、もっと欲にまみれた人間で会ったのなら、管理できるよう捕らえるか、そもそもアオ自体を亡き者にしてしまうか、の二択であったのは間違いないのだ。
「無駄な殺生は嫌いだ。アンタはどう思ってる?その心臓の力を使って…この街でなにをしようと、」
ーーーーその時だった。
耳をつんざくような悲鳴と、何かが切れる音。そして聞こえる苦しみと動揺、驚愕に溢れた人々の声たち。
「ーーーーっああああああ!!!!」
その悲鳴とともにアオとギルは武器を片手に個室を飛び出した。
何が起きている?こんな夜更けに…騒がしいにもほどがある。
廊下を駆け出して店の出口から飛び出した2人の目に映ったのは、男が1人の女性の腹を突き刺す、なんとも惨いシーンであった。
「…………」
「っお前……なにして、!」
ギルが横で叫んでいるが、アオは冷静に目の前の光景を見つめていた。いや、冷静に"見せて"いた、その怒りを悟られてしまわないように。
女性の腹を刺したまま至極楽しそうに笑っている男は、突き刺さる女性の髪を引っ張りあげ、舌舐めずりをした。
「あぁ、甘美な血っ、なんて美しい夜なんだろう!」
50を過ぎた身なりをする男は、卑しい笑みで声を上げた。満月が殺す者と殺された者を妖しく照らしている。なんと奇っ怪な雰囲気なのか、周りにいる人々も恐怖で凍りついていた。
「……ルーティ・イハベル」
「アオ…?」
「その刺された女性の名前だよ。ルーティは私がこの街に来た時、ちょいとばかしお世話になった人だった」
「(……)」
この街に流れ着いた私に初めに声をかけてくれた、心優しい花屋の店主だった。この中心都市で融通の利く宿や居酒屋、お節介に思うほど親切にしてくれたあったかい人。
その腹から流れ落とされた尊い血は、きっとあの時の暖かさはもう、失われてしまっているだろう。
「……貴方の名前はなんて?」
この、非道なクソッタレ野郎。