心臓



「私は国直属の戦闘要員、ハイドロ!
この街を、国を命かけて護ってやってるんだ、このくらい好き勝手させてもらったってバチは当たらないだろう!!」


刀を引き抜いたことで、ルーティの死体は地面に崩れ落ちた。それに見向きもせずハイドロは、ひん曲がった大義を振りかざし続けている。たかだか戦闘要員だというだけで、ここまで己を崇高できるのだ。……なんと哀れなことか。


「…んん?なんだ、お前も同じ立場の人間か。
まあそんな軟弱そうな身体ではなーんにもできないだろうな!可哀想な女だぁ、この権力を私のように有効に使えないなんて!」


アオの制服を指差しながらあっははは!と高らかに笑い続ける男は、己の力を誇示したいがために、何の罪もない民を刺し殺した。その事実に、どんどん周りの目は恐怖だけでなく、やり場のない怒りに染まっていく。
しかし無力、こうやってされるがまま殺生を黙認しなければ自分がやられてしまうかもしれない。だから動くことはできないのだ、誰1人。

(こうしてなんの中身もない権力が振りかざされていく)



「ーーーーでは、ハイドロ。ここまで面白くも無い、ヘドが出る茶番劇を語ってくれてありがとう」

「………あ?」



凛とした、力強いアオのバカにしたような言葉にハイドロは笑いを止めた。


異変に気付くのは隣にいるギルだけ。

底に響くような声と共に、身体中から湧き出す異質なオーラがアオから滲み出ていた。ギルがアオと刀を交えた時とは全く違う、「殺意」を持った彼女の目。

ギルは一瞬息を飲んだ。


「力は誇示するためのものならず。……貴方が守っていたモノは自分の命だよ。戦闘要員として誇れるものなんか一つもありゃしない。
貴方の横に倒れる人をこそ、貴方は護るべきだった」


「この女は、私の考えを否定したんだぞ!強き者が弱き者を静粛して何が悪い?」


「貴方は弱い。民の声を聞き入れず、そんな汚れた魂で己を守るただのクソッタレ野郎さ」



---まあ、もう貴方に何を言っても無駄か。


薄く笑みを浮かべたアオは、男との数メートルの距離を一瞬で詰めより、刀を横に振るった。
誰もが目を見張る中、ハイドロの右腕が刀ごと吹き飛び血飛沫が宙を舞う。

何が何だか、ハイドロ自身が分かっていない。
己の身体が切り裂かれたことに声を上げられずにいた。



「……………へっ、」



「ギル。一つ、君に応えようか。
この心臓を使って何をしたいのか」

「あ、ああ……」


ギルは彼女の行動一つ一つを見守る。
もしかしたら、今、見たこの一瞬の刹那が心臓の力による彼女の実力かもしれないのだ。
そもそもありえない、彼女がいた場所からハイドロの懐まで入るには、普通の人間では届かない距離にあった。そこを一瞬で間を詰めれる跳躍力。
………そして一瞬。ほんの一瞬、彼女の刀を持つ右手の血管が異常に浮き出ているのが目に入った。

真っ赤に染まる右手にギルは己の身体がゾワリと震えたのを感じていた。




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