心臓
グルーリーによって奥の客室に招かれたあと、ゴタゴタ言いつつも火傷した右手に綺麗に包帯を巻き始めたギルに、アオは口笛を吹いた。
「ほんとーは心配でたまらないんですねえギルくんは」
「…そのうるさい口塞がれたいのか」
何で何で!と騒ぎ立つアオの頭を叩いたギルは、思いっきりきつく包帯を結んでやった。その後聞こえた悲鳴なんて知るものか。
「ーーーさあ、ところで。お二人様はこんな薄汚れた店に何しに来たのかしら?」
目の前で優雅に脚を組む色女に二人は、顔を見合わせた。
ここで正直に打ち明けたところで、きっと鏡の有無なんぞ応えてくれるわけがない。
「"魔女の鏡"を持ってるのって本当?」
「(っこの馬鹿正直者ーっ!!)」
…ギルが思案している隣でアオが口を開かなければ、そう思うままでいたのだが。
なんで遠慮のない女なんだろう、いやこの大胆さのお陰で聞く手間が省けたのは事実ではあるが。ここまでくると冷や汗が止まらなかった。
「……鏡」
ほら見ろ、女の表情が一変したではないか。
「風の噂でさ、この店の店主が鏡を持ってるって聞いたんだけど」
「……」
「なんでもその鏡にはその者の真実が見えるとかなんとか…。私、どーしてもその鏡を拝借したいんですよね」
「奪う、ではなくて?」
「まさか。…だって貴方と闘っても私きっと、負けますもん」
ーーー心臓の力を使わなければ、の話だが。
そう。
目前にその姿を現した時から、ただの女亭主では有り得ない気を纏っていたのだ。そういった面に敏感なアオは、その時感じた畏怖を忘れはしない。
(あれは、熟練した者だけが纏う異質な雰囲気だ
った)
だからこそ、奪おうなんていう気は最初から失せているのだ。
「その鏡がどんなものか、どこでアンタがソレを手に入れたのかーーー最悪それさえ分かればいいって事だよな、アオ」
「仰る通りですよギルくん」
横から口を開いたギルも何か感じとっていたらしい、まともに対峙したら勝てないであろう相手である事を。
一々説明しなくてもしっかりその場を感じ取れる彼は本当によく頭がキレる、と自分の見る目に間違えがなかった事にホッとするアオだった。