心臓
「…突然仕掛けてきたのは心臓が発揮する力を見たかったから、違う?」
「…まあ、正解っちゃ正解だな」
「多いんだよねえ、そうやって力試しみたいに斬りつけてくる人。こんな金も持ってない女に寄ってくるなんて、相当クレイジーだって」
また笑みを戻して、刀から手を離したアオは青年に詰め寄った。さっき感じた青年の畏怖に対する細やかなお返しだである。
ギルの眼の前に仁王立ちし、その指先を彼に向かって思い切り突きつけてやった。とてつもななく嫌味ったらしい顔をプレゼントしてやることも忘れずに。
「私の心臓を求めるなら、私自身に勝ってからしてよ。勝てたらこの胸元からこんなイカれたモノっ……、喜んでくれてやる!!!」
誰が好き好んでこんな不吉なもの、自分の体に宿しておくものか。
確かに力を使わなければいけない時は多々ある、世界が何と言おうと私は決して天才ではないから。だからこそ心臓の力に頼らなくていいように血反吐吐く努力を重ねて腕を磨いてきた。そして悪運と、少しばかり優れた反射神経で上手く難を免れてきただけの、何てことない人間なのだ。
アオは言い切った!とばかりに胸を張って青年の返答を待っていると、帰ってきたのはこの場にそぐわない、青年の我慢できないと言わんばかりの笑い声だった。
「……っぷ、あっはっはっは!!!」
「!え、なに…?」
「いや、アンタ最高だわっ!」
「はあ?なにが、」
「こっちの話!あー、なんか安心した。
もっと気取った、この世界は私のものです、みたいな態度のやつかと思ってたから」
何だそのイメージは……。
というより、さっきと雰囲気変わりすぎじゃないかこの青年。
場の雰囲気が一気に柔らかいものになったこともあり、警戒するだけ無駄だと悟った。青年も全く攻撃してくる気配はない。
「……私はアオ。ギル、だっけ?君は結局私に何の用が?」
「そう、そこなんだけどここ寒いしとりあえず場所変えない?俺、寒いの苦手なんだよね」
彼が指に挟んで出してきたのは、今夜夜通し飲み溺れることができるほどの額だった。
お金がなく、お酒が心底好きなアオは迷わず顔を縦に振ったのであった。