君とあたしのわずかな距離を、秒速十メートルで駆け抜ける
「……緒川、どうした?」
なのに。
笑顔のあたしを心配するように、亮太が顔を覗き込んだ。
真っ黒な瞳が、真っすぐあたしを捉える。焦り顔の自分が映って見えて、慌てて顔を逸らした。
「うあ、ちょっと……っ、なに、もう、いきなり」
「いや。だってお前、親指」
「は?」
亮太は眉を下げてあたしの手を見つめていた。
親指が、なに?
そんなあたしの思いが顔に出ていたのだろう、亮太はため息混じりに口を開く。
「強がってるときに必ず親指握り込むの、緒川の癖だから」
「っ、」
バッと手を後ろに隠した。
もう遅いってわかってるけど。
心臓がドキドキと内側を叩いてくる。
自分でも気付かなかったあたしの癖を、亮太がちゃんと見ていてくれた。
こんな時なのに。それを少し嬉しいと思ってしまうあたしって、やっぱりバカなのかな……?