君とあたしのわずかな距離を、秒速十メートルで駆け抜ける
「ねぇ、ママ。あのおねーちゃん、ひとりでおはなししてるよ?」
「シッ!」
子どもの手を引っ張るようにして慌てて走っていく姿と、あたしを不思議そうに見ているまん丸な瞳と。
それから目の前で相変わらずニコニコと笑っている男を順番に見たあたしは、目をしばたたかせた。
何度か瞬きをし、目をこすってみるが、確かに男は存在している。
だが先ほどの子どもは確かにこう言ったのだ。
『あたしが独りで話している』、と。
ということは、あの子にはあたししか見えなかったということになる。
そんなの、ありえない。
だって、彼は、二本の足でしっかりとアスファルトの上に立って……
――そこであたしはあることに気付いた。
男には影がない。
恐る恐る下げていた視線をあげる。
「ようやく信じてもらえましたか?」
と男が笑っていた。