君とあたしのわずかな距離を、秒速十メートルで駆け抜ける
時計の長針が一つ分動いた。
すると、亮太が自分の席に向かいながら声を投げてくる。
「もう先行ったんだろ。……次の授業、理科室だろうが」
ああ、そういえば朝のホームルームで担任からそんなことを言われたっけ。
あたしは亮太が机の中から教科書やノートを引っ張りだす様子を見ながら思い出した。
7時間目の英語で提出しなければいけない宿題を終わらせていないことに気付いて。
慌てて手をつけたものの、それが思いのほか早く済んで。
そしたら昨日の寝不足からか睡魔に襲われて、ちょっとだけ寝ようと思って、奈々実や美織に起こしてって声かけて、それで――
あれ?
そういや何でコイツが……。もしかして、と、表情筋がだらしなく緩み、亮太には到底見せられないような顔になる。
わかってる、そういうんじゃないって。あとから虚しくなるだけだって知ってる。
だけどね、嬉しいんだ。少しでもあたしを気にかけてくれたことが、嬉しいの。
恋心というのは、実に厄介なシロモノだよ。
「早く行かねーと遅刻すんぞ」
ドアに手を掛けながら、そう亮太が言った。
あたしはハッとして現実に戻ると、慌てて荷物を持ち、開いていたドアを抜ける。
亮太はあたしのあとから出ると、ドアを閉めてから、面倒くさげにあくびを一つして歩き出した。