オオカミ専務との秘めごと
だって、超気まずいではないか。
長谷部さんも一階まで行くんだろうか。
なるべく離れて隅っこに立ち、早く下に着くよう呪文をかけながらドアを凝視していると、長谷部さんの顔が目の前にヌッと現れた。
「な、何ですか」
「アレ、誰かに言った?」
「アレ、とは?」
知らない振りをして聞き返すと、長谷部さんは自分の唇を指さした。
「キ・ス」
「あ、あんなこと、誰にも言えません!」
男のくせに、なんて色気があるんだろうか。
精一杯仰け反ると、長谷部さんはニッと笑い、さらに近づいてきた。
「・・・やっぱり、一応口止めしとこうか。三倉に言われると困るしな」
トンと壁に手が付かれ、エレベーターの隅っこに閉じ込められる。
逃げようにも台車が邪魔をして動けず、早く一階に着くように天に祈りまくった。
シュンとエレベーター独特のショックを体に感じて停まり、開き始めたドアが、スローモーションのように遅く感じる。
それが私には、天国への扉が開くかのようにありがたい。
そして、開き切ったドアの向こうにいる人物を見た瞬間、長谷部さんは呻き声を出した。
同時に、私を閉じ込めていた腕が勢いよく離れる。
そしてエレベーターの外に向かって一礼をして慌てて降りていった。
その長谷部さんの姿を見ているのは、雲上オーラを纏う人・・・専務、だ。
「そこのあなた、降りないんですか?」
ドアを押さえているまとめ髪の女性にきりっとした声で問われ、専務の視線を感じながら慌てて降りた。