オオカミ専務との秘めごと

だって、超気まずいではないか。

長谷部さんも一階まで行くんだろうか。


なるべく離れて隅っこに立ち、早く下に着くよう呪文をかけながらドアを凝視していると、長谷部さんの顔が目の前にヌッと現れた。


「な、何ですか」

「アレ、誰かに言った?」

「アレ、とは?」


知らない振りをして聞き返すと、長谷部さんは自分の唇を指さした。


「キ・ス」

「あ、あんなこと、誰にも言えません!」


男のくせに、なんて色気があるんだろうか。

精一杯仰け反ると、長谷部さんはニッと笑い、さらに近づいてきた。


「・・・やっぱり、一応口止めしとこうか。三倉に言われると困るしな」


トンと壁に手が付かれ、エレベーターの隅っこに閉じ込められる。

逃げようにも台車が邪魔をして動けず、早く一階に着くように天に祈りまくった。

シュンとエレベーター独特のショックを体に感じて停まり、開き始めたドアが、スローモーションのように遅く感じる。

それが私には、天国への扉が開くかのようにありがたい。


そして、開き切ったドアの向こうにいる人物を見た瞬間、長谷部さんは呻き声を出した。

同時に、私を閉じ込めていた腕が勢いよく離れる。

そしてエレベーターの外に向かって一礼をして慌てて降りていった。

その長谷部さんの姿を見ているのは、雲上オーラを纏う人・・・専務、だ。


「そこのあなた、降りないんですか?」


ドアを押さえているまとめ髪の女性にきりっとした声で問われ、専務の視線を感じながら慌てて降りた。



< 107 / 189 >

この作品をシェア

pagetop