オオカミ専務との秘めごと

長谷部さんは、楢崎主任がキミに任せる理由がよくわかるなーと言って笑いかけてくる。


「あの、それで何か?」

「ああごめん。あのさ、ちょっと神崎さんに頼みごとがあるんだけど、いいかな?」

「第一課の私に、ですか?」

「そう。神崎さんしかできないことなんだ。実は、これを訳してほしいんだけど、今日中に出来るかな」


長谷部さんが差し出してきた書類には、フランス語の文字が並んでいる。

ちらっと見た限りでは、食品安全認証に関するもののようだ。

二課では海外取引業務が主体だから、こんな書類があるのは当然だろうけど・・・。


「どうして私に?」

「実はエリーナがインフルにかかって昨日から休みでさ、今二課にはフランス語ができる子がいないんだよね。課長も出張中だし。キミ、大学ではフランス語専攻してたって聞いたから」

「はい、確かにしていましたけど・・・」


エリーナとはイギリス人で、日本語はもちろん、フランス語、スペイン語、ドイツ語と、五か国語を操る二課のスペシャリストだ。

二課は基本的に外国語ができる人ばかりだが、法律に関する重要書類は専門用語などが難しいため、専門社員のエリーナが一手に書類作成などの業務を行っているという。

聞いただけで眩暈がするような重要な書類をやり慣れない私が訳すと、ものすごく時間がかかってしまう。

できれば、断りたいのが本音だ。

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