オオカミ専務との秘めごと
「誰が、黙っててやるもんかー!」
見えなくなっていく車に向かって手を振り上げて叫ぶと、近所の犬が吠え始めた。
「ごめん!煩かったね!」
犬に向かって謝り、新聞店に戻る。
ぶつかりそうになったことは、下手をすれば生死にかかわることで、店長に報告せずにはいられない。
ヒヤリハットという名の書類に一部始終を書いて、店長に渡した。
ヒヤリハットとは、ヒヤリとしたとかハッとした出来事を書くもの。
脅されたこととか、ファーストキスを奪われたとか、個人的なことは書いていない。
店長は真剣な表情でヒヤリハットを読み、明日の朝みんなに注意するよう話すと言った。
「じゃあ菜緒ちゃん。お待ちかねのもの。はい、お給料。今月もごくろうさま」
「あー、ありがとうございます」
そっか、今日はお給料日だっけ。
あまりにも突飛なことが起こったからすっかり忘れていた。
中身を確認していると、店長が笑顔を向けてきた。
「それから、明日は菜緒ちゃんの休日だから。いつかみたいに間違えて来ちゃ駄目だよ」
「分かってます!店長ってば、あれは新人の頃の事ですから、もういい加減に忘れてください」
私が間違えて出勤したのは八年くらい前の事。
店長はいまだに覚えていて、たまにからかってくるから困る。
「じゃあ、また明後日に。お疲れさまでした!」
新聞店から出ると空はもうすっかり明るくなっていた。
急いで帰宅してもすでに七時近くになっていて、すごく焦る。
いつも通りにゆっくりしていたら、本業のほうに遅刻してしまうではないか。
「大変!急いで支度しなくちゃ!」
シャワーを浴びるのもそこそこにして、急いでお弁当を作り、身支度を整えて家を出た。