幸せの青い鳥
「雅樹先輩、どうしたの?」
緩い坂道で、ボクは我に返った。
今日は、るりちゃんと映画を観に行った。
毎日のように会っていても大丈夫なのは、るりちゃんの中にある大学生の雅樹先輩の記憶が、昨日の夜で全て消えてしまったからだった。
もちろん大学でも、彼が在学していたという記憶はどこにもない。
教授も、ゼミの講師にも学生たちにも。
雅樹先輩がいたという記憶さえなくなっていた。
ただ、ボクという一人の人間が雅樹先輩の姿で新たに生きているのだった。
「何でもないよ。ちょっと考え事」
ボクはそう言うと、遠くに見えてきた一軒の家に目をやった。
微かに、哀しい旋律が聞こえてくる。
「あ…あの家、誰か亡くなったのね」
るりちゃんは言った。今日は、雅樹先輩のお通夜なんだ。
この道は通らないつもりだったけど、ボクは心のどこかでこの光景を見たいと想っていたのかもしれない。
夕暮れの帰り道、るりちゃんを連れて、─雅樹先輩のお通夜の準備がされているこの家の前を、今、ボクたちは歩いていた。
ボクを助けてくれた雅樹先輩は、もういない。
その代わり、彼の命と引き替えにボクはるりちゃんの心を手に入れた。
本当ならば、雅樹先輩に感謝しなければいけないんだけど…。
るりちゃんが言った。
「なんだか、かわいそう…。知らない人なのに、どうしてこんなに哀しいんだろう。不思議ね」
「きっと、彼は死んで幸せだったと思うよ」
ボクはそう言って、るりちゃんの肩をそっと抱いた。
彼女の瞳からは涙が静かに流れている。
そのきれいな涙を見ながら、ボクの口もとは笑っていた。
ボクは、鳥である。
名前は、マサキ。
人を幸せにするよりも、自分の幸せを一番に選んだ、幸せの青い鳥。
緩い坂道で、ボクは我に返った。
今日は、るりちゃんと映画を観に行った。
毎日のように会っていても大丈夫なのは、るりちゃんの中にある大学生の雅樹先輩の記憶が、昨日の夜で全て消えてしまったからだった。
もちろん大学でも、彼が在学していたという記憶はどこにもない。
教授も、ゼミの講師にも学生たちにも。
雅樹先輩がいたという記憶さえなくなっていた。
ただ、ボクという一人の人間が雅樹先輩の姿で新たに生きているのだった。
「何でもないよ。ちょっと考え事」
ボクはそう言うと、遠くに見えてきた一軒の家に目をやった。
微かに、哀しい旋律が聞こえてくる。
「あ…あの家、誰か亡くなったのね」
るりちゃんは言った。今日は、雅樹先輩のお通夜なんだ。
この道は通らないつもりだったけど、ボクは心のどこかでこの光景を見たいと想っていたのかもしれない。
夕暮れの帰り道、るりちゃんを連れて、─雅樹先輩のお通夜の準備がされているこの家の前を、今、ボクたちは歩いていた。
ボクを助けてくれた雅樹先輩は、もういない。
その代わり、彼の命と引き替えにボクはるりちゃんの心を手に入れた。
本当ならば、雅樹先輩に感謝しなければいけないんだけど…。
るりちゃんが言った。
「なんだか、かわいそう…。知らない人なのに、どうしてこんなに哀しいんだろう。不思議ね」
「きっと、彼は死んで幸せだったと思うよ」
ボクはそう言って、るりちゃんの肩をそっと抱いた。
彼女の瞳からは涙が静かに流れている。
そのきれいな涙を見ながら、ボクの口もとは笑っていた。
ボクは、鳥である。
名前は、マサキ。
人を幸せにするよりも、自分の幸せを一番に選んだ、幸せの青い鳥。