隣の部屋と格差社会。
「まさか、始めてか?」
顔のすぐ近く。
多分、唇が触れ合う寸前のところで佐渡さんがそう言った。
恐る恐る目を開けるとそこには、少し驚いたような佐渡さんの顔がある。
至近距離で。
隠しようのない事実に、こくり、とだまって頷いた。
引いた、よね。こんな歳にもなって。
でも、これが私。誤魔化してもしょうがない。
そう言い聞かせ、勇気を出して顔を上げると、佐渡さんの表情は意外にも穏やかで優しいものだった。
「大事にするよ、本当に。」
私の頭を撫でながらそう言う佐渡さんが、やっぱり私は大好きだ。
「私も」
「え?」
「私も大事にします、佐渡さんのこと。」
佐渡さんは一瞬驚いて、笑った。
ははっと笑う笑い声がコンクリートに何重かに響く。
勝手だけど。すごく勝手だけど、その乾いた音が祝福の拍手に聞こえたのは、きっと私が浮かれていた証拠。