おきざりにした初恋の話

コートを着たマネキンの視線の先、駅前の広場は人で溢れかえっていた。

広場の真ん中にはぽっかりと暗闇が広がっていて、それを取り囲むように植えられた木々は白と青の電飾を纏っている。
残業帰りのくたびれた私よりあの木のほうがよっぽどお洒落だ。

駅へと続く階段は、観客席のように横に広くアーチを描いている。
そこに何故か似たような距離感を取って座っている人達は、何のためにここにいるんだろう。

私が1人コツコツとヒールを鳴らしたところで、きっと誰も気付かないし誰にも聞こえない。
それならいっそ、止めてしまっても同じじゃないか。

立ち止まって空を見上げる。
白くなった空気は自分が呼吸をした証拠。その向こうにある黒い天井は、星の見えない夜空。

そうだ。
ここは、彼と最後に話した場所だ。
あの日も今日みたいに、黒い空が世界を飲み込みそうな夜だった。

10年前のこの時期、この場所で、別れたいという言葉が、現実になった。

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